記憶は場所や物に宿る
何かを思い出す時,僕らは必死にそれのつかみになるものをを一緒に思い出す.
記憶喪失になってしまった人が,昔訪れた場所を歩いて回る.
まるで思い出を拾い集める作業をしているようである.
頭の中には直前にあったことくらいしか残っていなく,思い出すときは決まって以前通っていた道であったり,誰かにもらったものであったりする.
思い出は場所や物に宿り,頭の中は少しずつかすれていってしまう.
遠い昔誰かに聞いた覚えがある言葉は,とうの昔に忘れてしまった.きっと僕には今数えられる忘れてしまったこと以上に多くのことを忘れてしまっている.残っているのは傷跡で,傷跡に記憶がこびりついてしまっているんだ.
遠くに行けば行くほど,僕に関しての記憶は分散し存在する.僕という記録がその土地に記憶される.そうして世界に僕の記録が増えていく.それと対象的に僕という存在から一部が抜き取られる.僕が抱えている「僕」をそこに置いていくイメージ.
例えば,自分が持っている「モノ」は捨てにくいと思う.
モノにはたくさんの記憶が巻き付いていて,それは自分の一部をそのモノに与えているからで,自分の一部を捨ててしまうからだと最近は考えている.
自分の手元から離すことで,記憶は帰ってきて,そこで初めて自分の物になる感覚もある気がする.
断捨離をすることで心を軽くする必要があるのかもしれない.
自分の近くには,ある一定の量の記憶しか留めておくことができず,それが多くなってしまうと心が形を保てなくなる.だから外に出す必要がある.
それを心の浄化と言うんじゃないだろうか.
遠くに行こう.遠くへ.
まだ見たことがない地へ.
そこで記憶を置いておこう.
いつかそこに再び訪れた時に,懐かしい話ができるように.
君の心に住み着いた魔物は,すこしお仕置きしてあげよう.
遠くへ,遠くへ置いていこう.
時間が経てば,魔物もしょんぼりしてしまうからね.
そして,出会った時だけ挨拶をして,懐かしい話をしよう.
「君がいたことで,今の私があるんだ.だから感謝している」と伝えてあげよう.
そして,また記憶が風化した時に会いに来るよ.
あの時君にもらったチョコレートを,僕は食べずに捨ててしまった.君の記憶のチョコレートは僕の記憶のチョコレートにもなった.なんてね.