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時計の秒針音

少しずつコツコツ意味を貯めてく

ものづくり

近頃は,自分を表現とかいう言葉の罠にはまって抜け出せなくなっている.

 

ものを作るということは,自分の一部を現実化して外に出すということだ.

つまり自分を削る行為と同意である.

 

僕は最近,曲を作る行為にひどく疲弊する.文字を書くのにも,音を作るのにも,作ってる最中から終わりまで,いつも疲れている.特に,途中まで作って,最後を作る時が一番疲れる.

自分の中が削りだされるような感覚.

 

何度も何度も削りだされて,これでもか,これでもかとこねくり回して,やっと出来上がったら,自分はもう殆ど残っていない.

 

そんな曲をライブでやるのだ.命を削りながら歌う曲は,届いているのだろうか.一方通行なのだろうか.

僕は終わった後明らかに疲弊して,もうギターなんか握りたくないと思っているし,音楽も聞きたくないと思っている.

でも次の日にはまた握っているから面白い.

 

マイナスの感情は,プラスの感情よりも湧き出るスピードが早いらしい.

だから,マイナスの感情が沢山有る人はいくらでも曲を作ることができるし,自分がなくならない.

嫌なことがあった時に創作意欲が湧くのは,マイナスの感情は心から湧き出るスピードが段違いで早いからだ.しかも量が多い.いくらでも作り出すことができる.

 

みんな憤りを歌っているから,面白い.多種多様な憤り.みんな色んな不満を抱えて生きているし,それを何かしらでアウトプットしている.

音楽家なら音楽で,画家なら絵で.詩人なら詩で,みたいな.

 

でも,芸術は憤り(あとよくあるのは愛情か)だけでできるような簡単なものではないと信じている.

 

自分を削りだして作った曲に,たまに殺されそうになるって話.2016/7/15のライブで思った次第.